そもそも俺の勘違い

本文が長々としていてわかりにくかったようなので端的にまとめてみた - 紫色の夕暮れ
 このエントリーは、これに対してペンさんの反応がどうゆうものになるかを調べるモノで、その結果によって、この話し合いの本質を決定づけようと思っていたんだけれど、やっと納得できました。一応時間をかけてエントリーを書いた以上、自分の書いたモノが全くの無駄だなんて思いたくなかったのですが、どうやら無駄だったようです……

 さて、じゃあ何で無駄だったのかというと、原因は単純に俺の根本的な取り違えです。その根本的な取り違えをしてしまった背景は、mijyukuさんのコメントとかぶる部分があるのでまとめて書きたいと思います。

ペン君の件の文章はただの宣言のようなものではないでしょうか。

 実はこのとらえ方は、一番最初に考えていました。何故かというと、ペンさんの記事にも同じ理屈を適応できるなと考えていたからです。その前に、この件の関係図を俺がどういう形で捉えていたかがちょっとわかりづらいと思うのでまとめてみます。


・はしごさんの記事:自分の彼氏に対する言説
・ペンさんの記事:『はしごさんの自分の彼氏に対する言説』に対する批判 + 自分の彼女に対する言説*1
・俺の記事:『ペンさんの自分の彼女に対する言説』に対する批判


 さて、こういう関係図を示すと「ぺんさんは『恋愛感は人それぞれだし、否定もしない。これは、あくまで、私の恋愛感であり、強制はしない。私の「彼女」を除いては・・。』と前置きしているよ」と言われてしまいそうなのですが、実際問題ペンさんのエントリはどー見てもはしごさんの言説を意識して書いておられます。ですので、俺はコレを批判だと捉えたわけです。
 ではこの関係図をふまえた上で、俺の批判に対して「ペンさんが『ただの宣言のようなものだ』として『自分の彼女に対する言説』を書いた」という理屈を採用して反論するとどうなるかと言いますと、矛盾が生じます。何故かと言いますと、ペンさんもまた『批判』を書いているからです。ペンさんははしごさんの言説に対して批判をしている以上、はしごさんの言説を『ただの宣言のようなモノ』とは捉えていないと言うことになります。なぜなら、もしそう捉えていた場合、自らの批判が意味を成さなくなるからです。
 そもそも『ただの宣言のようなモノ』というとらえ方は個々の感覚に左右されるモノであり、感情論の一種だと言えます。つまり、議論の場で使うにはふさわしくないというわけです。ですのでこのやりとりを議論だと捉えた場合、『ただの宣言のようなモノ』という反論はそもそも使わない方が無難だとなります。故に、俺は『ただの宣言のようなものだ』という理屈を採用せず、『ペンさんの自分の彼女に対する言説』に的を絞ってエントリーを書きました。
 が、実際の関係図はそうではなかったようです。実際の関係図をまとめてみるとこうなります。


・はしごさんの記事:自分の気持ちを素直に書いたポエム*2
・ペンさんの記事:『はしごさんの自分の気持ちを素直に書いたポエム』に対する『批評』+ 自分の気持ちを素直に書いたポエム
・俺の記事:『ペンさんの自分の気持ちを素直に書いたポエム』を『ペンさんの自分の彼女に対する言説』だと取り違えて批判


 要するに、ぺんさんとはしごさんのやりとりはポエムのやりとりだったのです。自らの持つポエムという名の『感覚』のやりとり。お二方がしていたのは、感覚のすりあわせだったのです。だからこそ、何度も『理解し合う』と言う言葉が出てくる。本当は「議論することになんか意味がない」ってエントリーを見たときに、そうなんだろうなと思っていたんですが、認めなく無かったというか何というか……。いいわけをいわせてもらうなら、ぺんさんのはしごさんに対するエントリーは間違いなく議論の体裁を保っていて、だから見間違えたんだと思います。といっても、俺のブログについたブックマークコメントや、ペンさんのブログについたブックマークコメントを見ていれば、気づいてもいいようなものなので、まあ、ただのいいわけです、はい。というわけで、mijyukuさんのコメントはとってもとっても正しかったわけです。『宣言』というか『ポエム』というかの違いだけですねこの場合。
 それに気がついていない俺は議論をしているつもりで、議論をしているならば言っちゃいけない言葉やしては行けない行動は考えて動いていました。一応ウンコな議論論理で人をだます法を読んだりしているし、この論理は卑怯だから使わないとか、コレを言ったらそもそも議論にならないとか、そういうことを考えて記事を書いたりコメントをしていました。
 でも多分、ぺんさんやその周りの人たちはこんなモノ読んでいないだろうし、読んでいたところで記事に反映しようとは考えていないと思います。読んでいて考えていたなら、ああいう類のコメントとエントリーはかかないはずなので。というより、そんなモノを考えて動く必要がない。
 ですので、俺の取っていた行動は、ポエマーに対して「あなたのポエムは論理的におかしい」と言っているようなモノだったわけです。いったいどれだけ的外れで、どれだけ筋違いな行為なのかわからなくなるくらい意味がないですね。詰まるところ、ポエムという名の感情論なわけで、感情論に対して論理的な切り返しなんて全く意味がないのですから。もし『切り返し』をしたいならば、さらに多くの人に共感を抱いてもらえるような別の感情論を持ってくるべきだったのです。そしてそうではなく、この件に対して正しく対応するならば、自らの気持ちを素直に書いて見せるべきだった。ですが、それはもう俺の領分ではないです。俺にとってブログは議論を戦わせるための道具で、だからこそ、勝敗を考えて動く。つまり、俺はゲームをするのと同じ感覚でブログを利用しているということです。ですので、そもそもこの話に手を出したこと自体が俺のミスだったって事になります。要するにむちゃくちゃ簡単に説明するなら俺はあほだって事です。ええい、もう自分が嫌になるな……。

 というわけで、本当の意味で俺はこれ以上この話に加わるべきではないと理解しました。お騒がせして申し訳ありませんでした……って二回目だなこの台詞 ハズカシクテシニソウデス>orz


(関連)
相手のことを理解するために私がすること。 - ペン君流ことわざ日記。

*1:ここでこのように分けて捉えたのは、その内容の趣旨が相反していたため。コレに関しては前回と前々回のエントリーを参照ください。

*2:ポエムを悪いモノだというつもりはありません